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平成30年報恩講 ご報告

2018年 10月28日(日曜日)あたたかい日差し、秋の清々しい晴天。
平成30年報恩講、報恩講記念講演には、今年も多くの方がお参りくださり、おかげさまで今年も本堂は満堂となりました。

記念講演 ひろさちや氏『日本の仏教』

ひろ先生はやっぱり90分間立ちっぱなしです。勿論椅子は用意してあるんですが。ひろ先生に「疲れませんか?」と伺ったところ、「立っていた方が頭の回転が速くなるから」とのことでした。そういえば、五木寛之先生も90分間立ちっぱなしでした。五木先生にお伺いしたところ、先生は「足腰の鍛錬のため」と仰いました。う~ん、すごい人たちはやっぱりすごい・・・と、思い知らされる今日この頃です。

合掌
西来寺坊守 大塚睦子

ひろさちや平成30年ん報恩講西来寺

〈要約〉講演より抜粋

日本で一番有名な仏教者といえば聖徳太子だと思うんですね。その聖徳太子が日本に仏教を確立した初めての人だと思います。
彼が何言ったかというと簡単なんです。「世間虚仮 唯仏是真(せけんこけ ゆいぶつぜしん)」世間は嘘偽りなんだ、ただ仏だけが真実なんだ。と、このことを言ったんです。これが聖徳太子だと思ってください。
まぁ考えてみれば世間というのはおかしいものだと思います。皆さんも経験あるでしょう、人に対して良かれと思ってやったことが悪いことになったり、悪いと思っていることが良くなったりね。だから世間をそんなに信用するなってことです。
皆さんは世間のことを、あまりにも信用しすぎているんですよね。そんなに世間を信用したらいかんよって聖徳太子は教えたわけです。

聖徳太子の後、平安時代になると二人の立派な仏教者が出てきます。それが最澄と空海ですね。
「あなた方は仏の子でありなさい」と言ったのが最澄です。
そして、空海はどういう風に教えたかというと「世の中の人は全ての人が仏さんなんだと思いなさい」というような事を言ったんです。これが最澄と空海の教えなんですね。仏教って簡単でしょ。
その次に法然上人、親鸞聖人、道元禅師が出てきます。私はこの5人が世界的に通用する凄い仏教者だったと思うんです。(中略)

親鸞聖人は日本の仏教者として最初に結婚した人なんです。親鸞聖人の結婚生活の考えってなんだったんだろうと思うと「私も不完全、あなたも不完全、ともに不完全な人間が助け合って生きていく」ということだったんじゃないかと思うんですね。それが本当の夫婦のあり方、念仏者の在り方じゃないかと思うんです。そういう生き方をできるのが日本の仏教者だと私は思っているんです。

宗教っていうのは完全な人間を目指せと教えてないんです。完全なのは仏様だけで我々人間である限り出来損ないですよね。その出来損ないであることを許しあって生きる。それがお念仏者の姿なんだと思っていただきたいんです。私たちは不完全なんだと、不完全なもの同士、不完全なまま、悪人のまま、助け合って、許し合って生きていけばいいんです。


写真集

時間をさかのぼってご覧ください。

報恩講を終えて

ひろさちや先生の講演

ひろさちや先生講演 平成30年報恩講 西来寺

報恩講法要のときの風景

ひろさちや先生おむかえ

開催直前風景

当日準備風景

前日準備

佐々木正先生の講演会『浄土真宗はじめの一歩』報告

佐々木正先生

去る8月4日に『浄土真宗はじめの一歩』を開催いたしました。
この講座は日頃行っている勉強会とは視点を変えて「仏教は難しい」「お寺は近づきにくい」と思っている方に向けて内容を考えた入門講座として開催しました。

最初に西来寺坊守が先生役になり、お念珠の正しい持ち方を皆さんに説明いたしました。
「輪の中に両手を通し、親指と人差し指で挟むように持ち、房が下に来るように持つ」のが基本です。
「はじめて知った」「何度聞いても忘れちゃう」という感想が聞かれました。知っているようで自信がない方が多かったようです。改めて教わる機会が無いですものね。

次に皆さんで『正信偈』を唱和しました。
最初は家で声に出して『正信偈』をよむのは、なかなか難しいかもしれませんが、真宗門徒の基本として大切なお経です。お寺に門徒さんが集まった時に、親しんでいって頂きたいと願っております。

続けてお内仏の説明を住職が致しました。
お内仏にはどんなものを置くか、いつ開け閉めするか、鈴はいつ鳴らすのか等、お内仏の基礎的なことをお話ししました。「お位牌はどこに置くのが正解ですか?」など参加した方から活発に質問もあり、勘違いしていたこと、知らなかったことがたくさんあったようです。ちなみに真宗ではお位牌の代わりに過去帳を使います。
お内仏については今後も講座を開催したいと思っております。

後半は佐々木正先生にご講義頂きました。
講演始まってひと言目に「皆さんお昼も過ぎて、眠たくなってくる時間ですから、そんな時はどうぞ眠ってください。仏法は毛穴から染み込むというので、毛穴を信じてどうぞ眠ってください」という佐々木先生のおおらかな空気にリラックスしてお話を聞ける時間となりました。
内容は仏教の始まり、お釈迦様の出家の話から、大乗仏教が始まる歴史、聖徳太子、法然上人、親鸞聖人の話、浄土真宗の話、様々な話をお話ししてくださいました。
講義をきっかけにこれから少しでも興味を持っていただければ嬉しく思います。

今回は浄土真宗はじめの一歩として開催しましたが、また二歩、三歩と歩んでいけたらと思っておりますので、またその機会がありましたらご参詣ください。

平成29年報恩講 ご報告

平成29年報恩講 西来寺

いや~今年の報恩講はすごかったです。台風22号直撃。警報が鳴り、雷が鳴り、前が見えないほど、本当にまるで壁のように雨がたたきつけて降ってしまいました。山門の階段は鯉が滝登り出来るほどの水量。

 そんな中でも1時間以上前から座って待ってくれている方もいたのですが、心の中では「本堂に五人ぐらいだったらどうしよう・・・」と悲しく考えていました。すると時間が迫るにつれ、ちょっとだけ雨の勢いがなくなり、御門徒さんが集まってきてくれ始めました。中には北海道から来てくれた方もいました。雨靴を履きずぶ濡れになりながらも皆さん来てくれたのです! 玄関は色とりどりの雨靴の展示場のような風景となりました。そしてまさかの(ほぼ)本堂満堂!奇跡としかいいようのない光景でした。

あのたたきつけるような雨の中果敢にも来て下さった御門徒の皆様、僧侶の方々、ひろさちや先生、そしてずっと支えて下さったスタッフの皆様、本当に有り難うございました。それも天気に文句を言った方はいなかったのです。

 私は今年の報恩講で、本当に多くのことを学ばせて頂きました。そしてその中でも一番に、人を信頼する有り難さ素晴らしさを学びました。今年の報恩講は私にとって忘れられないものとなりました。でも出来れば来年は晴れて欲しい・・・。

西来寺坊守 大塚睦子

―――【ひろさちや先生講演要旨】―――

阿保と馬鹿がどう違うか、これは馬鹿というのは問題が起きて、問題を解決しようしようとして失敗する。上手く解決できた人は賢い人ですね、しかし大抵の人は問題を解決しようとして失敗するんです。それが馬鹿ですね。
それに対して阿保は、問題がおきてもまぁええやんか、しょうがないな、問題がおきたままそのまま生活していれば、いつの間にか問題がきえている。これが阿呆ですね。

ですから、皆さんには阿呆になっていただきたい。馬鹿になってはいけませんよって話を今日したいわけですね。

では問題って何か?というと、大体3つですね。「貧」「病」「争」これが大体3つの問題です。

例えば「貧」について話すと、大体みなさん貧乏でしょう?
そこで貧乏だからといって、金持ちになりたいといってあくせくする人、そこでうまく金持ちになれた人はいいですよ。賢い人です。でも大体の人はならないですね。競馬やっても競輪やっても儲かりはしないわけで、100万円サラ金でかりて宝くじかっても6億あたらないですよね。金持ちになろうとして努力して失敗する人、それがバカですね。

大体、みなさんの年収じゃ飲まず食わずで貯めても5億もたまらないかもしれない。そんなら貧乏でいいじゃないですか、貧乏でも楽しくて、気楽にやって過ごせばいいわけですよね。だから皆さん金持ちになろうなんて浅はかな欲望を起こしちゃだめですよ。阿呆になって貧乏人のまま、楽しくいきればいいんです。

あくせく、イライラ、ガツガツ、これが今の日本人の生き方ですね。これだけ贅沢な生活をしていながら、まだ経済発展だなんてやってるでしょ。

馬鹿はあくせく、イライラ、ガツガツするんですね。頑張っていきてる。
阿呆はのんびり、ゆったり、ほどほどにと。このほどほどにっていうのが「いいかげん」ですね。いいかげんのすすめなんです。

だから私たちは、のんびり、ゆったり、ほどほどに、これがいいかげんですね。
そういう生き方、私そっちの方が好きなんですよ。阿呆な生き方ですね。皆さんにも是非阿呆になって楽しく生きていただきたいんです。

平成28年報恩講 ご報告

西来寺 平成28年報恩講

二〇一六年報恩講、正午から降り出した雨は夜まで降り続き、肌寒い一日となりました。

本年の講師ひろさちや先生は六百冊以上の著書を持ち、

宗教になじみのない人たちに向けて宗教を伝えるエキスパート。

講題「世界の宗教」を踏まえて、私たちの生活に役に立つ形で宗教の話をしてくださいました。

イスラム教のこと、日本の宗教観、教育のこと、政治のこと、来世のこと、

様々なことを通じて、私たちが毎日をどう過ごしていくのがよいのか、教えてくださいました。

なむそのまんまそのまんま

全て神様にお任せして、どんな結果もしっかりいただけばいい。

人間は、悪いことも良いこともする。

人間は不完全なんだから許しあって生きていこう。

ひろ先生は、私たちを包み込むような、暖かい言葉を投げかけてくださいました。

2016年寺子屋 第二回ご報告 浄栄寺


2016年3月7日に寺子屋の第二回が浄栄寺で行われました。
悪天候により、講師の先生の到着を待つ時間ができてしまったため、急遽テーマを決めて茶話会が開かれました。

今回の講演は 佐野明弘さん

大雨の中到着した佐野さんの講演は熱気に満ちたものになりました。

「まず私たちは第一に死すべきものとして生まれているわけです人間慣れてくると軽くものをみるようになる何日生きてきましたか?わからないんですよ。せいぜいが何年で。そうすると毎日目が覚めても驚かない。今日も生きていたなんて」

私たちに問いかけながら進める話に、会場からも反応の声が漏れます。

佐野さんは続けます。
「太陽が昇ってきたなんていう、理科で習った通り地球が回っているのに、私たちは太陽のほうが昇ってきたと言って生活している。なぜかというと、人間の眼は自分中心にできているので、自分中心にみると太陽が回っているように見えるし、今日生きていたんだから、明日の生きていて当たり前と思うようになる。」

なるほど、確かに。と思わされるほど話に引き込まれます。

「そして、当たり前に生きているとなんのために生きてきたのか、何をしてきたのか、最後にわからなくなる。死を思うことで、満たされないまま終わるような虚しい生ではなく、初めて生と向かい合える。」

「自分で自分を受け止めて生きていくということが本当に難しい。これが最大の問題です。」

「人間は自分を善しと思って受け止めたい。あなたたちも自分を少しでもいい人間だと思っているんじゃないですか?災害のニュースをみて、かわいそうだなぁと思うことで優しいような気がしている」

会場で話を聞いているほとんどの人が、自分も当てはまると思い聞き入っていたのではないでしょうか。

「人間のまなざしは曲がっているし、ちょっとでもいいものだと思いたがっている。それが人間の本質だと親鸞聖人はいっている。自分が善人でないというのは受け入れがたい。それが人間。そして私たちの世界は戦争の世界に入ってしまっているのかもしれない。それが現実。」

「私たちに罪は受け止められない。それを受け止めてくれるのが阿弥陀仏。仏教を一言でいうなら「悲」の一文字です。人間は喜びによって救われているのではなく、悲しみは悲しみを通して初めて救われる。だから如来は大悲をもって救うのです」

「人間が人間であるということを引き受けることは難しい、皆さんは私は、といって生きてきたでしょう?本当に人間であるということを引き受けたことなんてふつうはないと思います。それは世界中すべてのことを自分のこととして考え引き受け生きなければならないからです」

心に残る言葉が多い、佐野さんの講演でした。
私自身、心に残ったものの分かったとは言えない。そういう言葉がたくさんありましたので、これを読んでくださる方の心に先生のお話が届けばいいなと思い、多くの言葉を引用させていただきました。

最後に先生はこう結びました。

「こうして話を聞くということは、話によって自分というものを捉えなおすということです。そういうことが願われているのでございます。」

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2016年寺子屋 第一回ご報告 西来寺

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西来寺を含む、三浦祖では年に三回寺子屋を開催しています。
寺子屋は20~30年前より続いています。昔は小学校のかわりに読み書きそろばんをならったところなのでは?というイメージの強い寺子屋ですが、近年では門徒さんの勉強会として行われています。ちなみに正式な名称は「寺子屋文法会」といいます。

今年度の寺子屋は『念仏のある生活』をテーマにしました。

「人はなぜ生きるのか?」「阿弥陀仏の本願とは?」「親鸞聖人の幸福感とは?」などを話しの軸にしながら、私たちが毎日普通に送る生活の中にある、ちょっと良い明日に繋がる気づきをテーマにお話ししております。

今年の2月8日には、西来寺を会場として今年の寺子屋の第一回が開かれました。
第一回の先生は、真城義麿(ましろよしまろ)さんでした。真城さんは今年の西来寺にとって縁の深い方で、当西来寺では毎月仏教の勉強会「同朋会」を行っていますが、その中で皆様に分かりやすく仏教のことを知ってもらうために使っている教科書が『仏教のぶっ』。その本を書かれたのが真城さんなので、西来寺にとっては教科書を書いた先生が直接教えに来てくれた! みたいなイベントになりました。

普段から馴染んでいる本の著者がいらっしゃるということもあったのか、西来寺からは参加希望の方が沢山いらっしゃいました。
仏教の話は難しくて…という感想も聞かれがちなのですが真城さんの話は
「今までお寺で聞いた話の中で一番分かりやすかった」
「政治的な話、原発の話、今の時事問題に関係を明確にしながら話をしてくれるから、眠くなる暇なんてなかった」「漫談のようで、笑いが絶えない寺子屋の時間だった」「白板の使い方が上手くて、本当に分かりやすかった」など沢山の感想をいただきました。

先生の話しの中で、心に強く残り忘れられない言葉があります「私たちは仕事を辞めるとボケる。キョウヨウとキョウイクが大事なのです」この言葉、実は「教養と教育」が大事なのではなく「今日の用事と今日の行くところ」が大事という意味だそうです。毎日を大切に、毎日を楽しく、そうありたいものですね。

今回のように皆様の心に何かが残る寺子屋などの催しを提供することができる西来寺でありたいと思っています

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平成27年報恩講 ご報告

平成27年 西来寺 報恩講
平成 27 年 10 月 28 日、報恩講が行われました。

10月末とは思えないような、暑い日差しの中の報恩講となりました。

今年の報恩講では特別記念講演に、作家の高史明先生をお招きしました。

高先生は、いのちとは何か、生きることとはどういうことか、というテーマの作品を多く執筆されています。

講題は『念仏者への道~わが人生を語る~』

高先生は自身の歩みを振り返りながら少年期のエピソードから人の優しさを、息子さんを亡くされた経験から人の知恵のあり方を、私たちが明日を生きるために考えなければいけないことテーマにした講演でした。

講演は当西来寺関係者だけではなく、一般聴講者も募り、150名以上の聴講者で本堂が一杯になりました。

多くの方に、ご参加いただけたことを心より感謝いたします。

また、今回の講演にあたり多くの方にお力添えいただきました。

特に高先生をご紹介してくださった、創作家具工房『杢』の牛嶋様。

高先生の著書『月愛三昧』の一部を講演用の配布資料として提供してくださった大月書店の丸尾様には深く御礼申し上げます。

平成26年報恩講 ご報告

平成 26 年 10 月 28 日、報恩講が行われました。

西来寺 記念講演 前田専學氏

秋の日差しがふりそそぐ、暖かいよい天気にめぐまれました。

法要が開始されてから、徐々に席が埋まり、補助として用意していた椅子を出すことになりました。
用意していた講演のためのテキストが足りなくなり、急遽準備することになったため、2時15分を予定していた講演開始時間が少々遅れてしまいました。

今回の報恩講の記念講演は、
インド哲学の権威でいらっしゃる 前田専學先生をお招きしました。
講題『ゴータマ・ブッダのこころ』。

去年に引き続き、一般聴講を募り、多くの方に来ていただけました。

講演は130名あまりの方がご覧になられました。
みなさん熱心にメモをとり、お話に耳をかたむけていらっしゃいました。

中村元先生のお話をする前田先生の強くてお優しい表情はとても印象的で、
“ブッダのこころ”と共に、大切なものを大切にする“人のこころ”をみなさんと感じられる時間を過せたことを嬉しく思います。

真宗大谷派東京教区宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌記念大会

2014年6月4日(水)、東京国際フォーラムで、真宗大谷派東京教区宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌記念大会がおこなわれました。

一都八県、東京教区約500箇寺から、1500人ほどの参加者が集いました。

様々な問題にまみれいる現代において、今こそ各寺院は門徒さんに寄り添い、拠り所となれるようにしていくという旨の挨拶を皮切りに始まった式典。

メインプログラムである記念講演の講師は古田 和弘師。
大会のテーマは「今、いのちがあなたを生きている-真のよりどころを求めて-」。

いのちがあなたを生きる という言葉は何を伝えているか、
真のよりどころ とは何であるべきなのか、
そして今、私たちはどう生きるべきなのか。

大会宣言として向後50年を見据えて
「僧俗ともに真宗門徒として聞法をいのちとし、信心をあきらかにしよう」
という基本課題を確認し、閉会となりました。

西来寺も、今後とも門徒の皆様に寄り添い、歩んでいく思いを新たにした一日となりました。

平成25年報恩講 ご報告

平成 25 年 10 月 28 日、報恩講が行われました。

西来寺 平成25年 報恩講

特別企画として作家の五木寛之氏をお招きし、講演をしていただきました。
講題は『親鸞聖人の情(こころ)』。
現代を代表する作家である五木寛之氏は親鸞についての造詣が深く、平成 25 年現在も『親鸞』完結篇を東京新聞をはじめ全国 39 紙の新聞にて連載中であり、連載執筆中に親鸞について 講演していただけるということは、極めて貴重な機会でした。
この企画は宗祖七百五十年遠忌記念事業として行われた本堂・客殿庫 裏改修工事にご協力いただいた方々への感謝の気持ちにより企画立案されました。

五木寛之氏に講演していただくにあたり、当西来寺関係者だけでなく、広く一 般聴講を募りました。

本年度の報恩講にあたり必要設備として本堂外の聴講席用に用意され たテントは 5 張、受付用のテント 2 張、パイプ椅子 580 脚。本堂外の 聴講席用に大型モニターが 3 台、マイク・スピーカなど音響設備、照明設備、ストーブ、仮設トイレ 4 つなどが設置されました。

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